若手研究者を対象とした科研費研究種目の採択件数に基づく研究支援効果の検証

競争的な環境下で組織が活動性を維持するためには、環境の変化に適応する不断の努力が求められます。何もしなければ現状維持すらままならず、その組織の地位の相対的な低下は免れません。大学の場合、研究力を維持するためには競争的外部資金を獲得することが必要で、実際、各大学は文部科学省科学研究費補助金事業(科研費)の採択件数を増やす努力を日々行っています。

外部資金の獲得は大学教員に課せられた義務もしくは努力目標となっていますが、教育、研究、臨床(医学部臨床系教員の場合)や大学運営などの負担が増大していることから、教員個人の努力だけで外部資金獲得能力を上げることは容易ではありません。そのため、大学による研究支援活動の重要性が益々高まっています。

このような背景を踏まえて、専門的な研究支援職であるリサーチ・アドミニストレーター(University research administrator; URA)が平成23年より国立の研究大学を中心に国主導で順次導入されました。現在では私立大学を含む多くの大学へと広がってきています。しかしながら、研究支援体制の強化が実際に研究力強化につながっているかどうかを検証した報告は非常に限られています。今後の研究支援活動を進展させるためには、研究力を測定して支援効果の有無を詳細に検証する研究が必要です。

研究力を測る指標としては、論文数の単純な総計や、被引用数も考慮した質の高い論文数などが直接的ですが、支援してからその効果が実際に数字となって現れるまでには時間がかかります。それに対して、外部研究費の獲得は申請書の出来不出来によるところが大きいため、支援効果が比較的現れやすいと言えます。特に、文部省科学研究費補助金事業(科研費)の若手研究者を対象とする研究種目は、応募者の研究キャリアが浅いため論文業績による差が出にくく、支援により申請書の質を上げれば採択の可能性が高まります。つまり、支援効果が最も出やすいと考えられるわけです。

そこで、研究支援効果を測定する指標として、若手研究者向けの研究種目に着目し、研究支援効果を検証することを試みました。前回の論文「東邦大学の研究力の定量評価ならびにリサーチ・アドミニストレーター(URA)配置による研究支援効果」では東邦大学医学部の論文出版数および科研費採択数を分析し、大学の立ち位置を確認しました。今回の論文では、私立大学医学部(31校)の若手研究者向け研究種目の科研費採択件数の推移を調べ、採択件数増加をもたらした要因を調べました(武藤 2023 東邦医学会雑誌 第70巻1号)。

若手研究者を対象とする科研費研究種目は、科研費の歴史において、奨励研究(A)(1968年度~2001年度)、若手研究(B)(2002年度~2017年度)、若手研究(2018年度~現在)と変遷してきています。本研究では過去22年間のこれら若手研究者向け研究種目の採択件数データを用いました。各大学の採択件数の推移を調べたところ、増加や減少の傾向がパターンが大学によって様々であることがわかりました。

大学の科研費の採択実績は、自然には改善しません。もしポジティブな変化が生じたのであればその裏には必ずその変化をもたらした介入(施策の実施)が存在すると予想されます。そこで、各大学の若手研究者向け科研費研究種目採択件数の推移を区分線形関数(piece-wise linear regression; PWLR)で近似し、傾きが増大に転ずる年度を採択件数データから同定し、その変化開始付近の年度に実施された施策を調べるために大学が公開する事業報告等を読み込んで、変化をもたらした要因を探索しました。その結果、予想通り、科研費獲得実績の改善の裏には大学による研究支援組織の強化及び具体的な新規施策の実施が認められました。また、増加開始年よりも前の時期の新規施策実施頻度と、増加開始年付近の新規施策実施頻度とを比べたところ、後者のほうが前者よりも優位に高いということがわかりました。これらの分析により、変化と介入との間の関連性が明らかになりました。

論文タイトル:若手研究者を対象とした科研費研究種目の採択件数に基づく研究支援効果の検証

抄録

科研費応募者に対する大学の支援効果を検証するため、私立大学31校の医学部に関して、若手研究者向け科研費の採択件数の推移と大学の公開情報に記載された新規支援活動との関連性を検討した。その結果、多くの場合に採択件数の増加を裏付ける研究支援の新規施策が確認された。また、研究支援施策の多さは科研費採択件数の増加率に相関した。以上より、大学による研究支援は若手研究者の外部資金獲得に効果的であると結論された。

キーワード:URA 科研費 研究支援 若手研究 リサーチ・アドミニストレータ-

この論文の本文は日本語ですが、概要のみ英語版も付いています。

Evaluation of research support activities based on the number of the awarded grants-in-aid for scientific research (KAKENHI)

Abstract

Research support services are offered to faculty members in universities for their successful extramural funding. However, there has been little evidence for its effectiveness. Here we examine the relationship between increase in rewarded grants and the research support activities underlying the successful grant proposal. We obtained research grant data of 31 private universities with medical school from KAKEN database and identified trends of the past 22 years. Next, we explored disclosed information such as annual reports on the university websites and identified the newly introduced research support activities that could explain the increase in grants awarded. We found that newly implemented research support activities in most of the universities were approximately concurrent to the increase in research grants. The amount of research support activities also correlated with the successful granting. Taken together, we conclude that institutional support by universities is effective in helping young researchers to succeed in extramural funding.

Keywords: KAKENHI, University research administrator, URA, research support, extramural funding

対象と方法

科研費採択件数データの取得の対象と取得方法 KAKEN

公開データベース(https://kaken.nii.ac.jp/)を 「研究機関:各大学名」,「役割:研究代表者」の検索条件で 2021 年12 月に検索して検索結果をダウンロードし,本研 究対象のデータセットとした.分析の対象とした研究組織 は,医学部を擁する全ての私立大学31 校(愛知医科大学, 獨協医科大学,藤田医科大学,福岡大学,兵庫医科大学, 国際医療福祉大学,岩手医科大学,自治医科大学,順天堂大学,金沢医科大学,関西医科大学,川崎医科大学,慶應義塾大学,近畿大学,北里大学,久留米大学,杏林大学, 日本大学,日本医科大学,大阪医科薬科大学,埼玉医科大 学,昭和大学,聖マリアンナ医科大学,帝京大学,東京慈 恵会医科大学,東邦大学,東北医科薬科大学,東海大学, 東京医科大学,東京女子医科大学,産業医科大学)の医学 部である.医学部所属の研究者を抽出する方法として,研代表者の項目に「医学部」という語句が存在することを 条件とした.

文献

  1. 武藤 彩 若手研究者を対象とした科研費研究種目の採択件数に基づく研究支援効果の検証 Evaluation of Research Support Activities Based on the Number of the Awarded Grants-in-aid for Scientific Research (KAKENHI) 東邦医学会雑誌 第70巻 1号(p.1-36) 全文PDFへのリンク:td54647955_cover.pdf(東邦大学学術リポジトリ)
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